夏の終わりを告げる蝉の声が、介護施設の庭に響いていた。私は新人介護士として、この施設で働き始めて3ヶ月が経っていた。毎日が学びの連続で、時には自信を失いそうになることもあった。
その日、私は特別な利用者様の送迎を任された。愛知県で誰もが知る大手飲食チェーンの元社長、田中さんだ。軽い認知症を患っているにもかかわらず、田中さんの眼差しには今でも鋭さが宿っていた。
車内で、私は思わず愚痴をこぼしてしまった。「うちのスタッフはダメなんです。仕事が遅いし、ミスも多くて…」
その瞬間、田中さんの表情が変わった。穏やかだった顔つきが、かつての経営者の顔に戻ったかのようだった。
「若いの、よく聞きなさい」田中さんの声には力強さがあった。「ダメな部下などいない。ダメなリーダーがいるだけだ」
その言葉に、私は衝撃を受けた。田中さんは続けた。
「私が社長だった頃、業績が伸び悩んでいた時期があってね。最初は部下のせいだと思っていた。でも、ある日気づいたんだ。問題は自分にあったんだと」
田中さんの目は遠くを見つめていた。「リーダーの役割は、部下の長所を見出し、伸ばすこと。それができていなかった自分に気づいたんだ」
「それからは、部下一人一人と向き合い、彼らの可能性を信じるようになった。すると、驚くべきことが起こったんだ」
田中さんは微笑んだ。「社員たちが生き生きと働き始めたんだよ。アイデアを出し合い、自主的に動くようになった。結果、会社は急成長を遂げたんだ」
私は黙って聞いていた。田中さんの言葉が、私の心に深く刻まれていく。
「若いの、覚えておきなさい。人は信じられることで成長する。リーダーの仕事は、その環境を作ることだ」
施設に到着すると、田中さんは私の肩を軽く叩いた。「君なら、きっといいリーダーになれる。自信を持ちなさい」
その日以来、私の仕事に対する姿勢は大きく変わった。同僚の良いところを見つけ、互いに高め合う関係を築こうと努力するようになった。
時は流れ、今では私も介護施設のリーダーとなった。田中さんの言葉は、今でも私の指針となっている。
「ダメな部下などいない。ダメなリーダーがいるだけだ」
この言葉を胸に、私は今日も部下たちと共に、よりよいケアを目指して歩んでいる。
ある方から聞いた実話をベースに創作したショートストーリーです。
皆さまどのように感じられたでしょうか?
介護経営総合研究所 代表 五十嵐太郎
名古屋大学経済学部を卒業後、株式会社リクルートにて通信事業、ブライダル事業、マーケティングに従事。
その後、民間介護会社、社会福祉法人にて大規模な経営改善を実現。2021年4月介護経営総合研究所を創業。
改善実績:採用コスト2,000万円削減、離職率5割削減、採用単価3万円で200人採用、人材紹介・人材派遣0
人材紹介会社費用の9割減、東京にて施設開設時に160人採用、利益率4倍、薬剤師応募を1時間で獲得、他多数。